Travel Banana

旅と映画とバナナの話

今離婚しようとしてるやつ!ちょっと考えなおせ、子供が俺みたいになるぞ!

 長くて暗くて重い、親が離婚したことについての話。そしてそれが僕にどういう影響を与えたのかという話。時間と心に余裕のあるときに読んで下さい。

リコンストラクションズ Reconstructions

両親が離婚した!

 僕の両親は僕が9歳のときに離婚した。そしてある日を境に母親と姉と3人で暮らすことになった。原因は幼かったのでよくわからない。経済的なことが直接的な原因だったのだと聞いている。勿論それだけではなく、その他の色々な要素が絡んでのことだと思う。例えば母親が新興宗教にハマったり、父親が趣味の車や犬にお金を注ぎ込んでいたことなんかが理由だと思う。

 

前兆と記憶

 ともかく両親は僕が9歳のときに離婚した。そしてその前兆は離婚の2年くらい前から表れていたように思う。僕が小学校にあがったあたりから父は家にあまり帰ってこなくなった。

 

 幼少期、母親や姉と遊んだ記憶はあるし、父親との記憶も少ないながらある。しかし、父と母が仲良く会話をしているという記憶がまるで無い。僕の物心がついたのが3歳か4歳くらいで、7歳くらいの頃から両親は不仲だった。僕の記憶があって、尚且つ家族としてうまく機能していた短い3年か4年の間に、家族4人揃って楽しく食卓を囲むことも数多くあったはずだが、なぜだかまったく覚えていない。

 

 母がヒステリックに怒鳴り散らして、父が体育座りしながら黙って俯いてそれを聞いている、というシーンが何度もあったのは強く覚えている。幼いながらも、この2人はもうダメで、多分"リコン"っていうやつになるんだろうなとそれを見ながら思っていた。父親はなぜ何も言い返さないんだろうとずっと不思議に思っていたが、何も言い返せないほど完膚なきまでに相手を叩きのめす母親にも優しさがなかったんだなと今は思う。

 

 ある日、「お父さんとお母さんとどっちと住みたい?」と聞かれた。ドラマみたいなことを本当に聞くんだなと思った。たしかクレヨンしんちゃんにもこんなシーンがあったなとも思った。僕は迷わず母親と答えた。姉が母親についていくことは知っていたし、何も言い返さない父親がとても頼りなく思えたからだ。

 

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親子3人で生活

 春だったか夏だったか忘れてしまったが、下平井町にあるアパートに母と姉と3人で住むことになった。当時母は35歳かそのくらいで、14歳と9歳のクソガキ2人を1人で養おうとしていた。生命保険の営業をしながら夜はとんかつ屋でアルバイトもしていた。案の定冬にはぶっ倒れた。風邪かインフルエンザか、ものすごく辛そうにしていた。尊敬すべきものすごい根性だとは思っていたが、自分で蒔いた種じゃないかとも思った。父から養育費も何も貰わなかったのは本当に意味がわからない。

 

 結局春からは母の実家に引越すことになった。

 

 春から青森の田舎の更に田舎の小学校に転校した。この転校っていうのがまた最悪の気分だった。ヒソヒソ言われながら全校生徒の前で挨拶させられたりするのだ。否応なしに今まで築いた基盤をひっくり返されるのだ。賽の河原で石を積んでる子供の気分だ。そうは言っても受け入れるしかなかった。他に選択肢がなかったから。

 

 その頃に僕はナラハヤトからコガワハヤトに名前が変わった。変な気分だった。

 

1人飯

 母の実家に住むようになってから、僕は1人で食事をすることが多くなった。母は仕事で帰りが遅く、姉も部活で遅かった。祖父や祖母は家にいることが多かったが、彼らと僕とでは食の好みが全く違っていて、まるで異文化に触れているようだった。食事についてとやかく言う人がいなかったのは僕にとっては幸いだったが、1人でソーセージを焼いて食べながら、家族が揃って食卓を囲むというあの光景はテレビの中だけのものなんだなと思った。1人でいることは当時の僕にとってとてもナチュラルだった。

 

生物学上の父親、家族

 父は僕の10歳の誕生日に当時最新だったプレステ2を送ってきた。しかしそれ以降連絡はなかった。僕からもしなかった。噂によると若い女性と再婚して、それも結局うまくいかず、また離婚したらしい。

 

 18歳のときに1度だけ父に連絡した。免許を取るからお金を出してくれないかと頼んだ。父は特に悩むでもなくお金が無いから無理だと言った。この人は僕のことをなんとも思っていないんだろうなと改めて思った。

 

 

 

 なんだか僕には家族という概念がうまく理解できない。ドラマやアニメや映画にでてくるような家族が、現実にもいるんだと言われてもなんだか嘘っぽく感じる。家族の絆なんて言葉を聞くと失笑してしまう。とても悲しいことだと思う。僕の持っている家族は生物学的に血のつながった人がこの世に数人いて、同じ場所に住んでいるから便宜上ただそう呼んでいるだけの存在なのではないかとも思う。

 

 

 

 もし今後僕が結婚して、子供が生まれたら僕は父親として何をするべきなんだろうかと時々考える。なんにも手本がないのだ。一子相伝ともいえる親と子の関係が絶たれてしまっているのだ。自分の遺伝子を半分継いだ子供が生まれるのは、なんだかとても恐ろしいことのようにも感じられる。

 

 

まとめ 

 はい、というわけで、離婚はマジでやめろよって思います。最近はシングルマザー、シングルファザーも増えて、段々それが肯定されていってるような流れもあるけど、子供視点に立ったらマジで最悪な行為だぞ。

 離婚してる知り合いもたくさんいるけど敢えて言う、離婚するやつはマジでクソ。色んな事情があるし、もうどうしようもないことが世の中沢山あるってのもわかる。それでも思うんです。当事者同士はそりゃあ大人だし選択の自由があるからいいだろうけどね、子供は地獄だぞ。選べないんだから。嘘でも演技でもいいから子供のために仲良いフリしてやってくれよ。死別っていうんならまだ納得もできるけどさ。2人で一生やってくって決めたんならちゃんとやれよな。というお話。

 ではまた。

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