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Travel Banana

旅のこと、バナナのこと、オーストラリアのこと、ワーホリのこと。トラベルバナナ!

新聞配達員と泣き声

  僕は当時、新聞配達の仕事をしていて、汐見台の団地の階段を、汗でどろどろになりながら、駆け上っては駆け下りてを繰り返す日々でした。

 深夜四時。静まり返った団地のドアのポストに、ガコン、ガコンと一つずつ新聞を入れていきます。当たり前ですが、住宅地でその時間に出歩いている人は誰もいませんし、車が通ることもまずありません。ときどき、世界中に自分ひとりだけが取り残されてしまったような、そんな気分になりました。そのくらい何の音もしない、薄暗い街灯だけが照らす団地で、ポストに新聞を入れるガコン、ガコンという音だけが響いていました。

 

 仕事を始めてから一か月が経って、なんとなく仕事に慣れてきた頃でした。もう細かい場所は忘れてしまいましたが、ある団地の一室、四階だったと思います。その部屋のドアポストに新聞をいつものように、ガコンっと入れると、赤ん坊の泣き声が聞こえました。

 音の無い世界に、突然赤ん坊の泣き声が聞こえたので、僕は飛び上がるほどに驚いて、階段を駆け下りました。駆け下りたあとに、あぁ、新聞を入れる音で赤ん坊を起こしてしまったのか、と気づき少し申し訳ない気分になりました。明日からは音を立てないようにそっと入れるように気をつけよう。そう思いました。

 

 次の日になって、音をたてないように気をつけながら新聞を入れると、また赤ん坊の泣き声が聞こえました。また起こしてしまったか…… 明日はもっと静かに入れよう、と思い、次の日、また泣き声。次の日もその次の日も毎朝、赤ん坊の泣き声は聞こえてきました。どんなに静かに入れても泣き声は聞こえてきます。

 もしかすると、僕に原因があるのではなくて、決まった時間に夜泣きをする子供なのかもしれないと思うようになりました。そう思いはじめてからは、他の家と同じようにガコンと音を立てて新聞を入れるようになりました。

 ガコン、泣き声。ガコン、泣き声。

 

 ある日、その部屋から線香の匂いがしました。誰か亡くなったんだろうかと思い、手を合わせてから新聞を入れました。また赤ん坊の泣き声がしました。

 

 毎日毎日、夜泣きで大変だなぁと思いながら、販売所に帰りました。

 販売所に帰り、事務作業をしていると、同僚のIさんが話しかけてきました。

「コガっちの配達エリアで殺人があったらしいよ。まぁ殺人とは書いてないんだけどさ、こういうのって嫌な事件だよねぇ」

 と言って、新聞記事を僕に見せてきました。

変死:5カ月男児が寝室で 内縁の夫、姿消す--横浜・磯子区
 8日午後6時55分ごろ、横浜市磯子区汐見台3の主婦(23)方の寝室で、生後5カ月の長男がぐったりとしているのを帰宅した主婦が発見、119番した。男児は搬送先の病院で死亡が確認された。
神奈川県警磯子署は9日の司法解剖の結果、「死因は頭がい内出血と推定される」と発表。長男の父親
で主婦の内縁の夫(22)の行方が分からなくなっており、同署は何らかの事情を知っているとみて行方を捜している。

 調べでは、主婦は母親(50)と長女(6)、長男、夫の5人暮らし。主婦が帰宅した際、自宅にいたのは夫と長男だけだった。夫は病院まで付き添ったが、その後行方が分からなくなったという。

 引用元:毎日新聞web

 

 

 

 驚いて住所を確認すると、線香を焚いていたあの部屋でした。

 

 

 

 

 次の日、新聞を入れると、また赤ん坊の泣き声が聞こえました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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